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October   2005

2005 / 10 / 13 ( thu )
晴れ

 桜坂劇場にて、池田卓さんのライブ。それこそあふれるほどのお客さんが詰めかける。

2005 / 10 / 12 ( wed )
晴れ

 夜、テレビでサッカー観戦。ウクライナvs日本。シェフチェンコの欠場とピッチコンディションの悪さは残念。主審の判定も最悪だったとはいえ、負けていては話にならない。パスで組み立てられない時にどうやって組み立てていくのか。壁を打ち破る強さとか個人技に、さらに磨きをかける必要があると思う。今の日本のサッカーには、ひどくムラがあるように思うのは気のせいか…。



2005 / 10 / 11 ( tue )
晴れ

 丸2日間、ほとんど横になって過ごす。夕方、ようやく復活の兆し。


2005 / 10 / 9 ( sun )
曇り

 気分が悪い。どうやら熱があるらしい。少し下痢ぎみでもある。しんどくて起き上がれないので、チェックアウトの時間をのばしてもらう。飛行機に間に合うギリギリまで横になっておくことにする。午後1時すぎ、よれよれで起き上がってチェックアウト。お腹は大丈夫だが熱がある。

 那覇空港の検疫官に呼び止められる。「そこの方、熱がかなり高いのでこちらの方へ…」。ここには体温を関知するセンサーが設置されているのだ。衆人監視の中、別室に案内されるのはどうにも気分が悪い。健康に関する情報というのは個人情報の中でも相当にレベルの高い情報のはずなのに、もう少し違った対応ができないのかと思う。熱は38度2分。黄色い紙を渡される。
 それにしても何がどうしたというのだろう。何か悪いものでも食べたのか、蚊にさされたか、単なる疲れか…。

2005 / 10 / 8 ( sat )
晴れ/雨

 着いたと思ったら、もう帰る日だ。また改めてゆっくりと訪ねたい、バンドン。14時のジャカルタ発の飛行機に乗らないといけない。6時半に起きてホテルで食事をとって、駅へと向かう。8時過ぎの列車でジャカルタへ。車窓から時々流れていく風景を写真に収めながらぼんやりと過ごす。ピントがズレていたり、ブレていたり、間抜けな感じの構図だったり、そんな写真が面白い。
 今回はほとんどの写真をモノクロで撮ってみた。いつかどこかで披露できればと思う。普通のカメラも持ってきたのだが、デジカメだけで結局使うことはなかった。
 10時過ぎ、ジャカルタのガンビル駅に着いて、そのままスカルノハッタ空港へタクシーを飛ばす。空港には11時前に着いてしまった。何か爆発したらイヤだなぁと思いつつ、食堂で肉団子のスープを食べる。
 機内では「半島を出よ(下巻)」(村上龍)。台北到着前に読み終える。この人の小説にしては、最後まで緊張感が途切れることがなかった。面白かった。台北は雨。少し肌寒く感じられる。沖縄行きは出た後なので、今夜はここに一泊しないといけない。例によって街をほっつき歩く。適当に飲みたいと思うが適当な店がない。高そうなスナックの類いしか見つからず、食堂で餃子をつつきながらビール。
 宿に戻ってベッドには入るが何度も目を覚ます。エアコンは切っているのだが、何だか寒い。


2005 / 10 / 7 ( fri )
晴れ

 昨夜はホテルのバーで飲んで、近所の屋台にナシゴレンを食べにいったりして過ごした。治安悪い気がしないのは気のせいか。バンコクあたりとかわらないような…。

 8時過ぎの列車に乗るために6時半に起きてホテルで食事をとる。お粥がダマになっているのがどうにも×。朝の駅はのんびりしているかと思いきや、ホームに入ってくる列車にはあふれんばかりの人が。屋根の上に座っている人もいる。首都だけにラッシュアワーもあるわけだ。バンドン行きの列車、切符は一等席を買った。全席指定でエアコンもきいているし椅子のリクライニングも抜群。簡単な食事までつく。バンドンまで2時間ちょっと。外の景色を眺めながら、まどろみながら過ごす。

 バンドン。駅の感じはのんびりとしていい感じだが、改札を出るとタクシーの客引きが押し寄せる。とりあえずなすがままで、案内されたタクシーに乗って値段交渉。面倒臭いがしょうがない。そうとうにふっかけられて交渉成立。地図ではすぐなのに、明後日の方向へと向かうタクシー。「あんた、それでもプロ?」と日本の常識で言いたくなるが、多分ここではこうやって1000ルピアでも多く稼ぐのがプロのやり方なのだろう。納得はできないが。

 ホテルからFFWD RecordsのHelviに電話。ホテルまで来てくれることになった。ロビーにあらわれた彼は、筧利夫に似たなかなかいい男だった。とりあえずこちらのオファーの概要だけ説明して、バイクに二人乗りして彼のオフィスへと向かう。事務所は郊外の一軒家。まわりにはなかなか高級そうな家が並んでいる。細々とつたない英語で説明をしてAGREEMENTにサインをもらう。今回のAGREEMENTは、11月に奥武山陸上競技場で行われる那覇市の沖縄戦終結60周年事業「Sound Rainbow〜アジアの人々とともに〜」にMOCCAというバンドに出演してもらうためのものである。

 MOCCAは日本だけでなくタイやシンガポールでもCDをリリースしている。しかし、よくよく話を聞くと、海外でのリリースの契約にかかわるやりとりはすべてメールと宅配便で行っているというのだ。だから、基本的に相手との面識はないそうだ。僕がMOCCAの件で最初に連絡をとった日本の発売元APPLE CRAMBLE RECORDSの担当の方は女性なのだが、Helviは、その性別すらも知らなかった。確かにメールと宅配のやりとりだけだとわからないよなぁ。そういう直接に顔を合わせないやりとりだけで、契約にまでこぎつけられるのがちょっと不思議な感じだ。スピードが求められる世の中で、いつしかそうしたことは当たり前になっているようだ。顔を見て、より直接的に話をする今回のようなやり方はひどく間抜けなことなのかもしれない。個人的には、この方が絶対にリアリティがあるし好きなんだけど。

 帰りがけMOCCAのマネージャーJEMIにホテルへ送ってもらう途中、Helviが経営する「AIRPLANE」というブティックに寄ってもらう。彼は「AIRPLANE」というブランドのオーナーでもある。店内にはデザイン的にも相当にすぐれたTシャツやアクセサリーが並んでいて、地元の若い男女で賑わっていた。週末にはジャカルタからやってくる人も多いらしい。バンドンは物価が安くて、学生街でもあるのでセンスがいいのだという。あまりに安いのでTシャツを3枚買った。

 夜、Helviに誘われて食堂に夕食をとりにいく。パダン料理の食堂。ショーケースに陳列されたメニューを指をさしてオーダーする。3〜4品頼んで100円足らず。安い、そして旨い。特にTOFUというのが美味しかった。Helviを真似て素手で食べた。  Helviはこれから別のバンドのレコーディングの準備があるという。その前にコーヒーに誘われる。C.I.Walkというショッピングモール。お台場みたいな場所。週末の夜なので若い人が大勢繰り出している。「MOCCAは時々ここのレストランでライブをやるんだ」。そう教えてくれた店の前にあるカフェでコーヒーを注文する。

 インドネシアの音楽業界で一番の問題は違法コピーだという。発売日の翌日にはコピーが出回り、法外に安い値段で売られるそうだ。それと活動の足かせになっているのは、べらぼうに高い出国税。1人100万ルピアというから1万円以上。「シンガポールを往復する飛行機代よりも高いんだ」とHelviは嘆く。国内ツアーもスポンサーがつかないとなかなか難しいという。海外の大物アーティストを招聘してプロモートする会社はジャカルタにあるそうだが、インディペンデントのバンドのツアーをオーガナイズする会社はないそうだ。それでも時々自分たちが主催するイベントをバンドンで行っているという。「是非、沖縄のバンドも呼んでよ」。沖縄とバンドン、相当に距離はあるのだが、これを機会にいい形でつながれたらいいなぁと思って、帰りの車の中でそんな話をした。

 ホテルのバーでビールを飲んで、また道端の屋台でナシゴレンを食べる。すぐ隣は昔々バンドン会議(第一回アジア・アフリカ会議)が行われた会議場だ。そばには吹き矢を売る男と小さな太鼓を売る男が座っていて、それほどしつこい感じはしないが熱心に売り込んでくる。その様子をナシゴレンを口に運びながら、闇に溶ける街の風景のように眺めていた。

2005 / 10 / 6 ( thu )
晴れ

 朝8時過ぎの飛行機に乗るために、5時起きで空港へ向かう。空港のレストランで朝粥と思ったが牛肉麺に変更。台北からジャカルタまでは4時間ちょっと。ほとんど寝て過ごす。

 午後1時過ぎ、ジャカルタ着。インドネシアはアライバルビザを空港で取得する必要がある。7日間10ドル。一人後ろに並んでいたおばさんは、係員がお釣りをくれなかったと騒ぎたてていた。同じグループの客に、「それはあんたの勘違いだ」なんて感じでなだめられていたが、俺は、係員が10ドルくすねる一部始終を見ていた。奴はおばさんが20ドル紙幣を出したのに、釣りを渡さなかったのだ。しかし、係員は10ドルしかもらってないの一点張り。カウンターの向こうに消えたお金は戻ってくることはない。恐るべし、スカルノ・ハッタ空港、ビザ発給係員。

 タクシーで市内へ向かう。「ブルーバードタクシー以外には乗るな」みたいなことが某ガイドブックには書かれていたが、そんなタクシーは見当たらず、ボロボロの黄色いタクシーに乗る。道はすごい渋滞だ。ホテルにチェックインして、館内にある旅行会社に明日のバンドン行きの鉄道のチケットを求めにいく。1本電話を入れて「売切れ」とのこと。夕方まで空いてないとか。そう言われても午後にアポイントがあるので行かないわけにはいかない。再びタクシーを拾って駅まで。予約窓口でメモを渡すと希望の時間の便をとることができた。

 繁華街のショッピングセンターに行って、CDショップとか洋服屋を眺める。明日訪ねるのはMOCCAというバンドのプロデューサー。彼らのインドネシア盤のCDを1枚手に入れる。バックパックを背負って一人歩く男から何となく離れようとするのは、数日前のバリ島のテロの映像が頭の中に刷込まれているからか。客のほとんどいないスターバックスでアイスラテを飲みながら、「アメリカ資本の店だ」なんて頭をよぎったりするのもわずらわしく思う。ジャカルタに行くと言ったら、「テロに気をつけて」なんていわれたりもしたが、目の前の風景とテロリズムがどうにも重ならないし、そもそも気をつけようもない。

 ラマダンというと冬という印象を勝手にもっていたのだが、暦の関係で現在はラマダン(断食)の期間中だ。だから何だか昼間に人前で食事をするのがはばかられる。夕方、地元の人でいっぱいの食堂に入った。サテ(焼鳥)と鶏のスープとごはんを注文する。鳥インフルエンザだってどうでもいい。両隣りに座っている人の前にも同じようなメニュー。とっくに皿は並んでいるのに手をつけていない。店の中のラジオからはコーランが流れている。どうやらその日の断食の終わりを告げるお祈りのようなものらしかった。みんなそれが終わるのを待っているのだ。一人だけ手をつけるわけにもいかず、同じようにテッシュペーパーを皿にかぶせてじっと待つことにした。


2005 / 10 / 5 ( wed )
晴れ

 朝から慌ただしくして、お昼前に台北へ飛ぶ。明日のジャカルタ行きのためのトランジット。台北はちょうど1年ぶり。去年はタラフ・ドゥ・ハイドゥークスを聴きにきたんだった。
 今回は携帯を借りるのが間に合わなかったので、ホテルの電話で何本か連絡をとる。パソコンも持ってきたが、メールがつながるわけでもない。気休めにはなるが、重いだけだ。




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