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May   2004

2004 / 5 / 30 ( sun )
晴れ

 昼、WOWOWで放送されていたEURO2000の決勝戦「フランス
vsイタリア」を見る。おそらくここ10年間の国際レベルの
公式試合では、ベスト3に入る好試合。見るのは多分2度
目だが、もっと見たい気分だ。結果がわかっているのに見
たくなるサッカーの試合というのはそうそうないのだが。
 こまごまと残ってはいるが、今月分の原稿は、何となく
一段落という感じ。今月もあと1日だけど…。


2004 / 5 / 29 ( sat )
晴れ

 朝から桜坂の琉映にて、昨日の打ち合わせの続きを劇場
の上原さんを交えて行う。


2004 / 5 / 28 ( fri )
曇り

 夜。6月12日公開の映画「風音」の宣伝を急遽お願いされ
て、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスの公演も含めての打ち
合わせをプロデューサーの山上徹二郎さんらと、上映事務
局にて。
 6月10日頃からバタバタと色んな人達が沖縄入りするこ
とになるのだが、その中に東陽一監督や女優の加藤治子さ
んまで加わったことになる。

●TOPICS更新しました。

2004 / 5 / 25 ( tue )
晴れ時々曇り

 こまごまとした仕事が、部屋の隅の埃のようにうずたか
くたまっている。何となく手をつけるのも億劫なのだが、
放っておいても前に進めないので、少しずつ手をつけてい
く。その間に2日で6軒の店の取材に走り回ったりして。

 友部正人さんの新しく出た本を読んでいたら、映画「ブ
エナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」の中で、イブライム・
フェレールがニューヨークに公演に来た時「何て美しいん
だ。キューバにいる家族も連れてきたかった」と話したと
書かれた一節があった。この場面は僕も何とはなしに記憶
に残っている。この前ビデオで見た「炎のジプシーブラス
〜地図にない村から」という映画の中でも、ファンファー
レ・チョカリーアのメンバーが、夜の東京をバスで巡りな
がら同じようなことを話していたのを思い出した。何て話
していたのか、もう一度確かめてみよう。


2004 / 5 / 23 ( sun )
曇り時々晴れ

 モッズにて友部正人さんのライブ。「アメリカの匂いのし
ないところへ」という詩の朗読が印象的だった。
 那覇に戻ったら午前1時過ぎで、久茂地の「海援隊」で食
事。


2004 / 5 / 22 ( sat )
曇り

 クラブDセットにて、友部正人さんのライブ。キーボード
はパスカルズのロケット・マツさん。オープニングアクト、
伊波緑さん。

セットリスト

<伊波緑>
1.一日に玄米四合と
2.二人の朝ごはん
3.きみは
4.ドロップ
5.夏の言葉
6.温度計(新曲)
7.M78
8.銀の汽笛
9.(海を遠く離れて…)
10.(ぼくの家ときみの家…)

<友部正人withロケット・マツ>
1.愛について
2.働く人
3.羽根をむしられたニワトリが
4.何も思いつかない時のうた
5.夜になると
6.海が降る
7.少年とライオン
8.石がふくらむあの町では
9.ニセブルース
10.横顔
11.シャンソン
12.イタリアの月
13.愛はいつもとっておきの色
14.ぼくらは同時に存在している
15.銀の汽笛(朗読)
16.眠り姫
アンコール
1.一本道(友部ソロ)
2.遠来

 新作を発売したばかりなので、新曲が7曲。いつもと違う
2人での演奏で、なんだか新鮮な感じがした。ここ数年の友
部さんのライブには、いわゆる昔のフォーク世代の人たちは
ほとんど足を運ばなくなってきた。だから古い曲を無理にリ
クエストされることもほとんどなくなった。
 今回、お客さんは少し少なかった。過渡期なのかなぁと思
う。客席には若い女性が多くてちょっと不思議な感じがし
た。新しい曲がどんどん出来て、新しい世代の聴き手が出て
くるというのは、表現者にとってはとても望ましいことのよ
うに思う。
 僕は中学生の頃にラジオの深夜番組で「一本道」や「遠
来」という曲に出会って「シンプジャーナル」でその言葉に
触れた。今の若い世代の人達はどうやって友部正人と出会う
んだろう。ラジオのリクエストで「一本道」や「遠来」がか
かるのを沖縄に来てから聴いたことがない。インタビュー記
事は、「ワンダー」に載った一回きりだ。ヒット曲しか流さ
ないラジオ、広告主の方しかみない雑誌。みんな同じように
みえてしまう。
 そんな中で、どうやればより沢山の人に音楽を届けられる
のかなぁと考える。伊波緑さんは、友部さんと若い世代を結
ぶ仲立ちをするようなアーティストがいるはずだとアドバイ
スをくれた。一理あると思う。参考にしたい。時間はかかる
と思うが常に伝え続けていけたらいいな。
 終演後「ステーツサイズ」に行って食事をしながらニュー
ヨークの話を聞く。曰く「ニューヨークにニューヨークス
テーキはない」。



2004 / 5 / 21 ( fri )
曇り

 友部正人さん&ロケット・マツさんが東京から着く。空
港で拾ってFM沖縄へ。「ハッピーアイランド」にゲスト出
演。出たのは友部さんだけだった。友部さんと多喜ひろみ
さんのトークは、いつものこの時間ではないような、何だ
かとても不思議な感じがした。
 「チャイハナ」で食事をして再び空港へ。2人は今夜石
垣島でライブなのだ。
 夜、ルーマニアのジプシーバンド、ファンファーレ・チ
ョカリーアを追ったドキュメンタリー映画「炎のジプシー
ブラス〜地図にない村から」をビデオでみる。この映画は
この夏、日本で公開される。沖縄では10月に上映する予
定。「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」以降の民族音
楽ドキュメンタリーモノの映画は、どこかにその影響を何
らかの形で受けているような気がするのだが、これも例外
ではない。でも作品は上出来。すごく楽しい作品だった。
村での緩やかな時間の流れとツアーで巡る都会の時間の流
れのギャップが面白かった。ルーマニアの田舎の風景は、
どこか中世の面影を残していて、「アレクセイと泉」に出
てきたベラルーシの寒村の風景にも似ていた。

 ポルトガルから大切なものが届いた。

2004 / 5 / 17 ( mon )
晴れ

 我が故郷の田舎町では、5月の7、8、9のつく日と6
月7日〜9日に市がたつ。400年以上続いていると小学
校の時に習ったので、もう500年近いのかもしれない。
新茶の出回るこの季節に、海の幸と山の幸を持ち寄って物
々交換したのが始まりといわれている。

 最近再びやりとりをしているベルギー在住のイラストレ
ーター、アジサカコウジ(同郷の同級生)にこんなメール
を送った。

「かつてマンボちゃん(注)をやっていた市場があったと
ころは、ところてんとかケーランを売る青空食堂のように
なっていた。昔は金魚すくいとかいろんなおもちゃを売る
露店も出ていたが基本的にそういうのは皆無。中町の商店
街もひっそりとしていて寂しいもんだった。海岸通りの人
出はすごかったけど。
 もともとそうだったのかもしれないが、子供向けという
よりも大人が海産物とか新茶の買物を楽しむような催しに
なっていた。まず子供が楽しいって思うようなところはほ
とんどなくて、昔のような華やいだ感じがものすごく薄れ
てしまったような感じ。
 町が廃れていくのは若い世帯や子供の数が極端に減って
いるからだろう。小学校のクラスの数も極端に減っている
という話を聞いた。うちの実家があった田子の浦とかも含
めてゴーストタウン寸前という感じ。平山裕二の実家の
「ひらやまストア」も去年店をたたんだようだ。でもそれ
なりに人はいるから「過疎」という感じではなくて、どこ
か町全体が埃をかぶってみすぼらしくなっていく感じ。中
町あたりを歩いてたら結構悲しい気持ちになるなぁ」

(注)マンボちゃんとは、薄いビニールに包まれたハッカ
のお菓子のようなもの。かつて、この市が立つと香具師の
おじさんがやってきて、固いガムについた色々な模様(動
物だったり乗り物だったり)の型を針で削る遊びを1回50
円ぐらいでやらせてくれた。ガムを削って、型がきれいに
抜けると、豪華な賞品がもらえるのだが、途中でガムが割
れたり、型が崩れてしまうと「はい、マンボちゃ〜ん!」
とその香具師のおじさんがいって、ハッカの菓子差し出す
のだった。ところがこのマンボちゃんは、実にマズイ代物
で、ほとんど食べられなかった。それと、この遊びで大物
を当てた子を見たことは一度もなかった。子供心に非常に
いかがわしいと感じつつも、毎年楽しみに待っていたのだ
った。

2004 / 5 / 16 ( sun )
晴れ/雨

 九州の実家へ帰る。正確には実家はすでになく泊るのは
ホテルなのだが。それにしても、沖縄に20年以上暮らし
ても帰るという感覚は変わらない。
 彼の地は公開間近の「69」(原作:村上龍)という映
画の話題で持ち切りだった。


2004 / 5 / 15 ( sat )
曇り

 午後、浜辺の茶屋でNUUさんを拾って西原のサンエーへ。
太陽風オーケストラのギタリスト伊集タツヤさんと会う。
NUUさんはゴールデンウィークまで約1カ月半ほど浜辺の茶
屋でアルバイトをしていたのだ。しかし彼女はれっきとし
たシンガーソングライター。一旦東京に戻るが、6月のラ
イブの時は再び沖縄にやってくる。そのライブの時のギタ
ーを伊集さんに頼んだというわけ。2人の演奏は、6月18
日の「cafe strada」と翌日の「一合瓶ライブ」で、見られ
ます。

 沖縄かりゆしFCのスポンサーを株式会社かりゆしが撤退
するというニュースが流れた。大方ネガティブに受け止め
られているとは思うのだが、そもそもJリーグ入りを目指す
プロサッカーチームを沖縄の一企業が支えるというのは、
非常に無理のある話だと感じていた。この機会に、サッカ
ー協会をはじめ行政や経済界、サポーターを含め、オール
沖縄で支えていく体制を固めていく必要があると思う。何
しろ今年の沖縄かりゆしFCは強い。来年のJFL入りは実に現
実味のある話なのだから。新聞によれば、沖縄かりゆしFC
の年間の運営経費は、約1億2000万円とのこと。ロン
ドンの某クラブのようにロシアの富豪が3億ぐらいポンと
出してくれればいいのだが…。



2004 / 5 / 14 ( fri )
曇り

 中部のそば屋を2件取材。夕方、那覇での別の取材1件
をすっぽかされる。直後に「カラカラ」プロデューサーの
阿南さんから電話が入り一緒に辻の「ステーツサイズ」へ。
さすがに何も入らず、いろいろな話をしながら阿南さんが
ステーキを食べる姿を眺めていた。

2004 / 5 / 13 ( thu )
晴れ曇り時々雨

 朝、FM沖縄にて打ち合わせ、その足でji ma maのインタ
ビューを「CHAIHANA」で。一旦戻って南部の沖縄そばやと
カフェの取材。夕方、再び「CHAIHANA」で、琉球アンダー
グラウンドのキース・ゴードンのインタビュー。

 琉球アンダーグラウンドの新作は、彼らの作品を世界の
リミクサーがリミックスした2枚組のアルバム。沖縄民謡
とクラブサウンドをブレンドした琉球アンダーグラウンド
の音は面白かったが、それをさらにリミックスして深化さ
せるとどうなるのか? 僕自身はサンプル盤を繰り返しき
いてもピンと来なかったのだが、音楽としての自由度は格
段に増していることは感じられた。
 当初、ルーツミュージックである沖縄の音楽へのキース
のアプローチは、それこそ腫れ物に触るようなとてもデリ
ケートな作業だったはずだ。しかし、リミクサーたちは、
そういうことはおかまいなしに、言い方は適切かどうかわ
からないが、二次加工品として、まったく別な可能性を秘
めた作品に作り上げた。中には沖縄がルーツと一聴しただ
けではわからない程遠くへ行った作品もある。おそらくこ
れらの作品は、僕らの知らないところで、さらなる化学変
化を遂げていくはずである。沖縄の音楽をより自由に世界
に解き放つ、琉球アンダーグラウンドの功績は非常に大き
いと思う。


2004 / 5 / 12 ( wed )
晴れ

 暑く目まぐるしい一日。比屋定篤子さんとji ma maのプ
ロモーションに東陽一監督のトークショーが重なる。時間
割りを作って、グルグルと動きまわる。ji ma maのアルバ
ムはかなりいい出来。すべてが終わった後、「ステーツサ
イズ」で明日からのスケジュールを確認して、インタビュ
ーの原稿を1本書く。




2004 / 5 / 11 ( tue )
晴れ

 暑い。昼と夕方、FM沖縄へ行く。昼は「ハッピーアイラ
ンド」へ比屋定篤子さんのプロモーション、夕方は「リポ
ーズアフタアワーズ」へ、東陽一監督のプロモーション。
沖縄そばの取材はとりあえずパス。
 3月にモッズとクラブDセットで行った高田渡ライブ。あ
の時収録された映像が、いよいよ番組として放送されるよ
うです。NHK教育テレビの「ETV特集」。放送は5月15日
(土)午後10時から。
詳しくは以下のサイトに掲載されています。

http://www.nhk.or.jp/etv21c/

2004 / 5 / 10 ( mon )
晴れ

 今帰仁、名護方面のそばを3杯いただく。さすがに辛い。
 新井英一さんより電話。次回の沖縄ライブは9月頃にと
のこと。


2004 / 5 / 9 ( sun )
晴れのち雨

 早起きしてコザのサッカー場に、沖縄県1部リーグの試
合を観に行く。FC琉球 vs 小禄クラブ。このサッカー場は、
沖縄南IC近くにあるのだが、ピッチは荒れているものの一
応芝で、ゴール裏には観客席もある。シュート練習のボー
ルが次々に観客席に飛び込んでくるほどの臨場感だ。
 試合はFC琉球が、後半ロスタイムに勝ち越して3-2で辛
勝。昨年は県3部で大勝の連続だったが、一部ではそうは
いかないらしく、ここまで負けなしとはいえ結構苦労して
いる。今日も大方ボールは支配しているのだが、相手ゴー
ルキーパーのフィードボールからのカウンターで2発決め
られた。オフサイドでノーゴールになったものも含めると
3本だ。FC琉球の選手たちは、どこか疲れた感じで元気が
なさそうに見えた。結構荒っぽいプレイも多く感じた。ど
こかに勝って当たり前と考えているフシがあったのかもし
れない。一時1点リードされた時の消沈ぶり、シラケムー
ドは酷かった。それはサッカーを楽しんでいる感じが前面
に出た小禄クラブとは実に対称的だった。両チームの目指
すところは異なるのかもしれないが、サッカーでも音楽で
も基本は楽しさ面白さだろう。有名な監督を招き、Jリーグ
の経験もある選手を獲得して上を目指すのはわかる。勝つ
ために厳しさはもちろん必要だが、本来あるはずの楽しさ
を忘れてしまったのでは、何にもならないと思う。そんな
ことでは、きっとサッカーファンには何にも伝わらないよ。

 今日も車の中で甲斐バンドを聴く。このライブ盤のホー
ンセクションは、ジェイク・F.コンセプション。(このジ
ェイクさんは、FMの「サタデーウエイティングバー」で、
以前バーテン役をやっていた人です)吉田拓郎の1979
年のライブ盤と同じだ。だからホーンのアレンジが似てる
んだね。好きだなぁ。


2004 / 5 / 8 ( sat )
曇り時々晴れ

 咳がなかなかとまらないので病院へ行く。風邪と言われ
る。咳以外の症状はないんだけど。薬局でまるで友達と喋
るように話す若い薬剤師に腹が立つ。
 CDの棚から甲斐バンドの1979年のライブアルバムを
引っ張り出して車の中で聴く。「嵐の季節」や「翼あるも
の」は、本当に名曲。でも、こういう曲が今時のラジオで
流れることなんて全然ないんだよなぁ。こういう音楽を知
らないままの若い世代が可哀想に思えてくる。
 甲斐バンドが良いのは、このちょっと先のアルバム「地
下室のメロディー」ぐらいまで。プロデューサーだかエン
ジニアだかにアメリカの有名な人を起用するようになった
頃から、それまでの感じとは少し違ってきた。純粋に詩と
曲が好きだったのだが、よりサウンド志向になって、何か
甲斐よしひろの中にある音楽の純度みたいなものが薄れて
しまった気がするのだ。車を走らせながらそんなことを考
えていた。
 夜、「風音」の東陽一監督らとラジオ沖縄で合流して、
特集上映のプロモーション。
 本日も沖縄そば2杯。


2004 / 5 / 7 ( fri )
曇り

 沖縄そばファンでもないのに、何故か沖縄そば屋の取材
ばかりが続く。今年のはじめから某サイトの沖縄そばコー
ナーを週1回更新しているのだが、それに加えて別の雑誌
で新たに12件お願いされた。1日に3食のペースで食べ
続ける。これだけ通うと、同じように感じていた沖縄そば
の味も様々だということが何となくわかってくるようだ。
 そして今日、今まで食べた中で一番口に合う、と思える
そば屋についに出会ってしまった。那覇市真嘉比の「田(Den)そば」。体調とか気分とか空腹感とかいろいろあるか
ら完全に一番と言い切れないけど、個人的には間違いなく
3本の指には入るなあ。特に昆布や鰹に重きを置いたダシ
が素晴らしい。この店は色んな人にすすめたいです。
 場所はバイパス国道330号を宜野湾から那覇向け、興
南高校を越えて右に入りローソンを越えた右側。これだけ
そばが続くと、積極的に食べたいとは思わないけど、そば
が食べたいと思ったら是非また行ってみたいと思う。




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