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October   2004

2004 / 10 / 31 ( sun )
晴れ

 太陽風オーケストラライブ at あしびなー。
 終了後、居酒屋「味自満」にて打ち上げ。拓郎話で盛り上がる。

2004 / 10 / 30 ( sat )

 インフルエンザの予防接種をする。そのせいか眠い。
 夕方、コンベンションセンターへ吉田拓郎のコンサート。途中のホットスパーでビールを買って、会場入りする前にトロピカルビーチで一杯引っ掛ける。
 気づいた時にはぴあもローソンも指定席は売り切れで、YAHOOのオークションで定価で譲ってくれる人を見つけてチケットを手に入れた。座席は北側スタンドの真ん中のあたり。会場はおじさん&おばさんだらけ。思えば、僕らは吉田拓郎をリアルな形で聴くことのできた最後の世代なのかもしれないなぁ。
 開演が大幅に遅れる。散発的に会場のあちこちから手拍子とか拓郎コースが起こるが、PA席には誰も座っていない。開演時間から20分を過ぎて舞台にプロデューサー氏が登場。「昨日から体調が悪く、もう少し時間が欲しい。本人は必ず歌うと話している」とのこと。
 開演したのは40分押しの19時10分。オープニングのSE「清流」からオーバーチュア、1曲目は「ああ青春」。「いつか夜の雨が」、「唇をかみしめて」、「どうしてこんなに悲しいんだろう」、「流星」、「落陽」、「今日までそして明日から」、「まにあうかもしれない」、「英雄」、「全部抱きしめて」、「サマータイムブルースが聴こえる」、「君のスピードで」、「旧友再会フォーエバーヤング」、「僕の人生の今は何章目ぐらいだろう」、「家へ帰ろう」、「マークII」、ほか。(順不同)アンコールのラスト「人生を語らず」まで、たっぷり3時間、だけど、全然聴き足りなかった。
 沖縄でのライブはもう最後だなんて言ってたけど、寂しいよなぁ。


2004 / 10 / 28 ( thu )
曇り時々晴れ

 夕方から、ハピネスレコードの田中さんとともにSaigenjiさんのプロモーション。インタビュー2本とラジオの生出演を終えて、桜坂の「悦っちゃん」へ。「うるま」編集部の岡田さんも合流して飲む。更に「四月の水」へ流れる。昨夜のライブの打ち上げと2日連続で午前3時帰宅。


2004 / 10 / 26 ( tue )
曇り

 夕方、那覇のホテルニューおきなわ会議室にて、よなは徹さんのインタビュー。


2004 / 10 / 24 ( sun )
曇り

 5時起きで中正国際空港へタクシーを飛ばし、朝の飛行機で沖縄へ戻る。空港のレストランで本を読んでいたら、イミグレーションが大混雑で乗り遅れそうになった。

 夜、沖縄市民会館へザ・ブームのコンサート。今年でデビュー15周年なのだとか。おそらく同じ時期にデビューしたバンドの多くは解散している。ザ・ブームが、他のバンドと違って長く続けられる大きな要因の一つに、沖縄との出会いがあることは明らかだ。彼らの沖縄との出会いは、ハプニング的な要素も多分にあったと思う。そのハプニングを、自らの血肉にする才能があったのがよかったんだと思う。宮沢さんの書く作品にはいい曲も多いが、流石にデビュー当時のようなスカナンバーばかりでは途中で息切れしていたかもしれない。沖縄があって、アジア、ブラジル、アルゼンチン、ポルトガルと彼らの音楽は旅を続けて来られたのではないだろうか。
 会場には親子連れ多数。子ども料金を設けて、小さい子どもでも足を運びやすいような環境づくり。大事なことだと思う。ロックミュージシャンの中には10代や20代にしか目を向けない人も多い。それはそれで一つのやり方だけど、歌い手も聴き手も、歳を重ねていくことを考えると、ザ・ブームのやり方は、ありなんじゃないかなぁと思う。
 作家が重ねた歳の数だけ、歌も言葉も変わっていくのが自然なのだと思う。そんな変化が作品にあらわれるから、ザ・ブームとかヒートウエイブとかいうバンドが好きなんだと、この頃あらためて思う。
 「島唄」が新たなアレンジに姿を変えていたのが印象的だった。そんな些細な変化がとても新鮮で、いろいろな意味で刺激的で、とてもよいコンサートだった。

2004 / 10 / 23 ( sat )
曇り
 
 朝から電車とバスを乗り継いで、映画「悲情城市」の舞台である九●へ。夜、ホテルの衛星放送で新潟の地震のニュースを知る。

●は、人べんに分。

 タラフとの数日間の出来事は改めて別の項で書きたいと思う。6月のユーロのリポートもまだなので、いつになるかはわからないけど。


2004 / 10 / 22 ( fri )
晴れ

 お昼前の飛行機で台北へ。
 夜、大安森林公園の野外音楽堂で行われたタラフ・ドゥ・ハイドゥークスのライブへ。


2004 / 10 / 20 ( wed )
曇り時々晴れ

 昨夜のタラフ・ドゥ・ハイドゥークスの東京公演がことのほか良かったと聞き、急きょ明後日の台北行きの航空券を予約する。

2004 / 10 / 18 ( mon )


 タラフのメンバーは、台風に追われるように、お昼過ぎの飛行機で東京へ。

2004 / 10 / 17 ( sun )
曇り時々雨

 タラフ・ドゥ・ハイドゥークスat ダンスクラブ松下。


2004 / 10 / 16 ( sat )
雲り

 タラフ・ドゥ・ハイドゥークス at 沖縄市民会館。


2004 / 10 / 15 ( fri )
晴れ時々曇り

 プロモーション日。朝からメンバーと一緒に放送局を巡る。

2004 / 10 / 14 ( thu )
晴れ時々曇り

 タラフ・ドゥ・ハイドゥークス一行13名(含むマネージャー)、ルーマニア、クレジャニ村から沖縄へ無事到着。噂に違わぬ自由奔放な感じです。

2004 / 10 / 9 ( sat )
晴れ

 夕方、具志川市民芸術劇場へ。ラファエル・アマルゴというフラメンコダンサーのショーにタラフのチラシを折り込んでもらう。会場は満員、タラフ見に行くよという人も多かった。フラメンコのルーツはジプシー音楽なわけだから、フラメンコやってる人、ファンは必見です。

 その後、栄町経由で桜坂へ。「GIPSY JIVE」の会場であるロトスに着いたのは午後9時過ぎ。GYPSY SUMMER は、今夜が事実上のキックオフ。普段人気のない桜坂に押し寄せて来る人々。200人ぐらいは集まったかも。DJ、VJ、ライブにダンスと盛り沢山。普段あまり縁のない人と沢山会う。外国人も多くて、アイリッシュバンドが登場したりして気分はダブリンである。今夜ここに集まった人がそのまま来週のタラフのライブに来てくれるといいんだけど。
 深夜1時過ぎ、「EROS」の上にあるバー「リーガル」へ移動。3時過ぎ帰宅。

 

2004 / 10 / 6 ( wed )
晴れ

 気持ちのいい天気。
 午前中飲食店の取材を1本。午後は森山良子さんのインタビュー原稿をとりあえず書き終える。
 夕方から「Picture's Cafe」にて中江裕司らとのミーティング。その後「チャイハナ」で、タラフ公演の打ち合わせ。
 

2004 / 10 / 5 ( tue )
曇り

 午後、今日は森山良子さんに電話でインタビュー。話をするのは2度目。テレビそのままの優しい物腰が、受話器越しに伝わってきた。電話インタビューって、相手の表情が見えなかったり、やりにくい面もあるけど、受話器ごしに直接つながっている不思議な感じが面白いと思う。

2004 / 10 / 4 ( mon )
晴れ時々曇り

 午後2時、175RのSHOGOクンに電話でインタビュー。175R、明るいポジティブソングばかりかと思いきや、アルバムを聴いていくと陰影に富んだ表現が秀逸である。SHOGOクン曰く「基本的にはネガティブな性格」なのだとか。ライブの感じからは想像つかないのだが、ネガティブな部分から生まれる前向きな表現が、多くの新しい世代の共感を集めているのかもしれないと思う。

 

2004 / 10 / 2 ( sat )
晴れのち曇り一時雨

 午前中、浦添のFM21へ。KBC学園校長の稲垣純一さんのラジオ番組にゲストで呼んでもらう。タラフの宣伝で約1時間喋る。

 小雨まじりの夕方、宜野湾市海浜公園へ。モンゴル800の全国ツアーファイナル。無料ということでどれくらいの人出があるのかなぁと思っていたが、まずまずという感じだった。1万人ぐらいか。入口近くでぼんやりと巨大なスクリーンに映るメンバーや会場の様子を眺める。少し肌寒い。
 5年ほど前に、事務所で清作クンと崇クンに話を聞いたことを思い出す。あの時2人はモンゴル800だったのだけれど、「モンゴル800」ではなかったんだよなぁ。イチローにしてもそうだけど、5年もあれば人は随分遠くまで歩いていくことができるのだなぁと思いつつ、ビールに手がのびる。
 ライブ終盤「琉球哀歌」から「あなたへ」というメドレー。もう必殺技だね。何か泣きそうになる。40前のおやじがこんな風なわけだから、きっと前の方で聴いてる若い人達は感涙もんだろうと思う。
 終演後、モンゴル800もゲスト出演するタラフ・ドゥ・ハイドゥークスのチラシを配る。



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